読まない方がいいブログなのか?いや読むべきブログ!~日本人なら知るべき事実~
とあるブログを読んでいたときのこと、日本の死亡数についてトピックされている記事がありました。
その中で一つ気になる記事がありまして、今回はその内容について少し触れていますが、日本で生活する日本人の各個人が、自分の知っている知人などの話だけに収まらず、いま日本で何が起きているか考える時代が来たのではないだろうか。
死に場所
厚生労働省が発表する人口動態調査 平成25年発表の「死亡の場所別にみた年次別死亡数」を見てみると、人間の死に場所の数が発表されている。
この死に場所について人それぞれ思うことがあると思うが、日本の将来を見た際に、これでいいのかと思ってしまう。少なからず筆者は、何かおかしいという疑問を抱きました。高度成長・医療の発展に伴う、まさに「副反応」なのではないだろうか?
このブログを読まれている貴方が選ぶ「死に場所」はどこだろうか?
おそらく「自宅」と答える人が多いのではないだろうか?そんな中で次のグラフを見て欲しい。その思いと裏腹に、日本では全く正反対の事象が生じている。
「死に場所」別の統計
上記のグラフを見て欲しい。厚生労働省が発表する、1951年から2013年までの「死亡場所別の死亡数」を割合としてグラフ化してみた。青い線が「施設外死亡者数」の割合で赤い線が「施設内死亡者数」の割合である。
施設内死亡者数とはどこを指すか。
等を指します。言わば医療や介護の施設です。ではその逆の「施設外死亡者数」とはどこを指すかといえば、自宅等を指します。
これらを踏まえてもう一度グラフを見て欲しい。
施設外死亡数の割合が右肩下がりで低下し、医療・介護現場で死亡する割合が右肩上がりで上昇している。言わば、自宅でその生涯を終える割合が、この60年あまりで極端に低下しているのである。
死に場所が変化した理由
死に場所が変化した理由として
- 医療の発展(病院の増加)
- 介護の発展(介護施設の増加)
- 共働きで介護力が低下する世帯
等が挙げられるのではないだろうか?パッと見てみると、決して悪いことではない。医療も介護も発展し、介護等に時間を裂かず、働きに行ける環境が出来上がったといえば、それはそれで間違いではないと思う。ただ違和感は覚えないだろうか?
冒頭で話したように、おそらく自分の「死に場所」を考えた際に、自分で一生懸命働いて建てた自宅であったり、家族に見守られる環境などを選択する思いが多いだろう世の中で、答えは全くの正反対になっているのだ。
あなたは何を思いますか?
高齢社会になって、医療費の削減を国の施策としてうたい、在宅医療や在宅介護など「居宅によるサービスの診療報酬」を上げ、病院や介護経営者の視点をそちらに変化させ医療費を削減させようとしている。これ以外にも、寿命を伸ばすと言われている胃瘻増設術(口から食べれなくなった人に胃に直接穴を開け栄養剤を流し込む医療)の見直しをしてみたりと、現在の医療の方向性は、人の命を生かそうとしているのか途絶えさせようとしているのか全く皆目見当もつかない。言い換えてみれば、日本の財政で医療の質や方向性が変化するのである。
そんな風に考えると、日本で生活している自分たちは政治に生かされて、人としての尊厳を省みてもらえないのではと疑問を抱く。
いまこの時代だからこそ、自分がどう生きたいか、どう死にたいかしっかり考えるべきである。